弁護士のしごと

 弁護士のしごとは、依頼者の利益を最大化することです。依頼者の利益とは何でしょうか。かけだしのころ、恩師の弁護士北村栄先生からこんな話を伺いました。

 ある法律相談に、若い娘が母親と一緒にやってきました。母親は娘の夫がいかにひどいかを言い立て、娘がすぐに離婚すべきだと述べました。娘はことば少なでした。三〇分間口を挟まず黙って聞いていた老練な弁護士は、娘に向かってひとこと「あんた、ほんとは離婚したいんとちゃうやろ」と言ったのです。娘は絶句して、静かな涙を流しはじめました。ほんとうは、夫からもっと大事にしてほしかったのです。でも、自分のことを心配してくれる母親に言えなかったか、母親の助言に耳を傾けるうちに自分の気持ちが分からなくなってしまっていたのでしょう。依頼者のことばやふるまいの背後に隠されている思いを、冷静に見極めなければなりません。

 「どんなに自分の言い分が正しくても、相手を完膚なきまでに叩きのめしてはいけない」という言葉も肝に銘じています。相手をコテンパンにすれば、相手から強い恨みを買います。非科学的ですが、自分に向けられた恨みは自分に対してマイナスの影響を及ぼすと思っています。それに、紛争の相手の多くは、地縁や血縁など何らかの繋がりのあった人です。その縁を切ったつもりでも、その後の人生を同じ社会的共同体の中で生きていくことに変わりありません。そうであれば、相手の立場を尊重しないような解決の仕方は、巡りめぐって依頼者の利益にならないといえます。

 北村先生は、「この問いに対する私の究極の答えは、次のようなものになります。すなわち、『この悩み、トラブルがあったことをよかったと思って頂くこと』というものです。依頼者は、深く悩み、傷つき、怒り、時にはその呪縛で日々鬱々と過ごしたり、身体を悪くされる場合もあります。それほどの深い悩みを、それが自分に起こって良かったんだ、いやそれ以上に、その悩み、トラブルに「感謝する」というものです。」と仰います。

 辛い体験を受け入れ、しかもその不運に感謝するというのは並大抵ではありません。依頼者の気持ちに寄り添いたいという真摯な思いで研鑽し、この究極の目的に近づける弁護士になりたいと心から思います。

弁護士 漆原